「人にどう見られるか」と「自分はどうしたいか」の狭間

わかものハローワークへ行ってきたよ

2016/12/1現在、自分は最終出勤を終えて有給消化中ではあっても退職日は迎えていない。つまり、就業はしている。
それでも次の職を探したりできるのかな?とハローワーク受付のお姉さんに聞いてみたら「問題ない」ってことなので、遠慮なく求職登録をして相談席につかせてもらった。

そこで自分の相談に乗ってくれた50代女性とはやたらに気があった。
ユースホステルをよく使ってたとかそこで知り合った大学生と文通をしてたとかヒッチハイカーしてたとか、取り留めのない話で盛り上がった。
そんな中ではっとした話があったので、書き留めておく。

どんな職種を探しているか聞かれた場面

相談員
「じゃあこれは嫌っていう業種はある?」
自分
「強いて言うなら力仕事です。だけどこれはいや、あれもいや、って可能性をせばめたくない」
「ただ、もし力仕事が辛すぎて1週間で辞めたら”せめて1年は続けないと”とか”下積み以前の問題じゃん”とか思われますよね?他人からそう見られますよね?」

すると相談員は怪訝な顔をしながら言った。

「そう見られるかどうかはわたしは分かりません。そこは、ryoさんがどうしたいかでしょ?
「それに考え方によってはすぐ辞めるっていうのは”よほど合わず早めに見切りをつけたえらい人”だと思うこともあるでしょう」
「あなたの言う”すぐ辞めたやつ”って思われるのがいやなら、最初から長続きしそうな職種を探すことです」

この言葉で、自分はしばらくフリーズしていた。返す言葉がなかった。
相談員から「あなた、なんで他人の目を気にしているの?」と問いかけられている気持ちだった。
たしかに自分はどうして、人からどう見られるかを気にしているんだろう。

「自分がどうしたいか」が大切だって?そりゃそうだよ間違いない。だって自分の人生だもん。
だけどそうじゃない。そうでもないよね?
「人からどう見られるか」って、同じくとても大事なことじゃない?
自分の仕事ぶり(成果)って己が判断するんじゃないよね?他者が判断するんだよ。

そして「すぐに辞める」ことに対し「ケツの青いヤローだ」と断じるのは自分じゃない。いっしょに働いている同僚であったり、上司であったり、あるいは家族であったりするのだ。

みんなも経験あるでしょ。
今までさんざん上司などから「お前の行動が人からどう見られているか考えて動け」などと言われたのを。自分だって口酸っぱく言われてきたのだ。両親からだって。

それがここにきて「自分がどうしたいか」だって?
そんなの、好きにさせてもらうって言えれば楽だけど、そうならないのは自分が勝手に「他者はこう思うだろう。そうしてオレを見下すだろう」と断定している己の滑稽さ???わからない。わからないわからない。

けっきょくこの相談員の言葉をひどく端的に言い直すなら「お前がそうしたいのなら勝手にしたら?」と言っているだけだし、至極まっとうで常識的なアドバイスだし、深く考えるほどのことでもないのかもしれない。
それでも、もやもやが残る。非常なもやもやが。

自分はあたまがよくない

相談員さんからは最後には「ま、これからゆっくり考えましょ。焦ってる様子もないし」と言われ相談終了。もとよりそのつもりだ。

それにしても記事のタイトルに対しての答えが出ない。
「この問題はこーゆーことでーす!!」と端的な答えを出せない。
なので、記事はいったんここで止めます。

あなたは「人にどう見られるか」と「自分はどうしたいか」のどちらを優先しますか?
なにか思いついたり調べついたりコメントを貰ったりしたら、後日追記することにします。
投げっぱなしジャーマン。バイバイ。


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わたなべりょうへい

貯金はぜんぶ仮想通貨になりました。 2018年で資産500万円→資産1億円を達成するはずでしたが-200万円で決着しました。相場が悪すぎた。 2019年で優良案件を「ネット上」ではなく「人と会って」見つけ続けます。それで将来のお金の心配を無くします。だからあなたもLINE@登録をよろしくね!→LINE@に登録する